<R33GTRの終焉>
竜ヶ崎で目標タイムが出た事により、満を持して仙台ハイランドへ。
このときのトップレベルはベイルサイドGTRが飛び抜けて
9秒フラットから8秒後半を記録していました。
そのあとのセカンドグループ?は9秒3〜4前後だったと記憶しています。
KSP−R33の目標タイムは9秒5。
トーナメントであればトップグループでも十分戦えるタイムです。
この日はトーナメントではなかったのですが、雑誌社主催の大会とあって
トップレベルの車輌もちらほらと。
まず1本目は様子みでブーストもちょっと控えめからスタート。
スタートも無難にこなし9秒後半をマーク!
目標タイムを狙うにはまずまずでした(^_^)
そして2本目以降に期待がかかりましたが…
このあとの詳しいコメントは控えさせていただきますが、
結果的にボディーが全損状態になり、記録を狙っていくような車輌では無くなってしまいました。
まさか、エンジンより先に車輌側がブローするとは思ってもいませんでした(>_<)
ちなみにこのエンジンは今でもファクトリーの隅にころがって?います。(^^;)
こころざし半ばで終わりを告げたGTRですが、直後はすぐに復活させたくてボディーのみを
購入しました。
次のステップのエンジン仕様も決まっていたしエンジン部品の手配も終わっているさなかの
出来事でしたので、結構あたまに血が上ってたんですね(笑)
しかし、ちょっと時間がたって考えてみると、この状態からトップを目指す車をつくるには
いくらかかる?700万いや1000万くらい?
900PSの車輌をまっすぐ走らせる為には、今度はボディーチューンは絶対かかせない!
と考えていたので、妥協しないでつくるにはやはり資金的な事をクリアしないと先に進めませんでした。
中途半端な車輌作りは記録もでないし、ドライブするドライバーの安全性からもやりたくなかったので…。
今回の事故では、たまたまドライバーは無傷ですみましたが、一歩間違えば最悪の事態にもなっていただけに
つくる側の考えが変わった出来事でもありました。
のちにこの考えがS14シルビアやFD3S&FC3Sが日本一になる為の布石になったわけですが、
肝心のGTRはついに復活することはありませんでした。(T_T)
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